アフリカの「超」多言語社会:アフリカ言語と公用語を取り巻く社会的制度と課題

2023.04.17
ANZA編集部
アフリカの「超」多言語社会:アフリカ言語と公用語を取り巻く社会的制度と課題

前回記事の『アフリカの「超」多言語社会:アフリカの言語と社会の構造』では、アフリカの2,000を超える言語について、現地での一般的な言語状況と社会構造について整理をしました。
今回はこうした言語を取り巻く制度と社会課題について説明致します。

公用語と言語制度 

まず、それぞれの国ごとに、言語についてどのような制度が敷かれているかを見てみたいと思います。

この時留意すべきなのは、前述の三つの次元が、それぞれ対等なわけではない、ということです。行政、司法、教育などに用いられる言語は、多くの場合英語やフランス語など、旧植民地国の言語であり、アフリカに由来する言語が尊重されづらい状況です。

このような状況になった背景は、歴史に求められます。歴史的にみると、植民地時代に行政に用いられたのも、英語やフランス語でした。旧イギリス領では、アフリカの言語を行政言語にしたケースもありますが、あくまで植民地支配の為であり、英語の優位は変わりませんでした。その後、独立にかかわった指導者層は、英語・フランス語での教育を受けていたため、国家を運営するうえでは、ヨーロッパの言語が用いられてきたのです。

また、アフリカの言語は文字を持たないものが多く、また数も多いため、行政や司法に用いるにはコストがかかることも要因になっています。文字がない言語を文字化するのには、相応のコストがかかります。しかも、教育や行政に用いるためには、ヨーロッパ由来の語彙を翻訳しなくてはなりません(日本の明治期にも、西周[にしあまね。啓蒙思想家、西洋哲学者]などが多くのヨーロッパ語や学術語を翻訳しました)。一つ一つの言語にコストがかかる上、数千もの言語があるわけですから、民族語を公用語化するのはかなり難しいのです。

公用語の抱える社会問題

ヨーロッパ由来の言語とアフリカ由来の言語の間の不平等は、様々な社会問題を引き起こしています。

例えばルワンダでは、英語・フランス語・スワヒリ語・ルワンダ語が公用語とされています。ほとんどの人がルワンダ語を母語としていますが、行政や司法に用いられるのは英語です。その上、小学校での教育から、ルワンダ語ではなく英語が用いられます。ルワンダの生徒は、母語ではない英語で教育を受ける必要があるのです。

この時、誰もが英語を十分に習得できるわけではありません。ルワンダでは、英語での教育についていけず、ドロップ・アウトしてしまうケースもあります。他方、エリート層の子弟であれば、私立の学校で、一般家庭より良質な教育を受けられます。その結果、英語へのアクセスは、収入や家庭環境に左右されることになります。

その上、英語は行政・教育・政治・経済に広く使われるわけですから、英語へのアクセスは、社会へのアクセスに直結します。ですから、英語へのアクセスの格差が、経済その他の格差を再生産しかねないのです。

アフリカ言語の権利

このような社会問題がある一方で、アフリカ言語を尊重しようとする動きもあります。

歴史的にみると、例えば120もの言語が存在するタンザニアでは、すでに書記化されていたスワヒリ語が普及していました。また、国内に言語の数が少ない場合には、アフリカの言語が公用語として定着したケースもあります。ルワンダ語、ルンジ語(ブルンジ)、マダガスカル語などがその例です。そのほか、南アフリカでは、アパルトヘイト以後、9つの民族語を公用語に定めています。これらの背景には、独立時のナショナリズムがあります。

ただし、その多くは成功したとは言い難い状況です。例えばタンザニアでは、スワヒリ語が国民統合の象徴ともされましたが、初等教育に用いられているにとどまり、英語優位の構図は温存されています。ソマリアでは、軍事政権下で、ソマリ語の国語化が強引に進められましたが、政権の崩壊によって頓挫しています。

「多言語主義」とアフリカ

また、1990年代以降の「多言語主義」を旗印に、アフリカ言語の権利を主張する動きもあります。多言語主義とは、あらゆる言語に同等の価値や権利を認めるべきだとするもので、UNESCOもこれを提唱しています。

2月21日は「国際母語デー」(International Mother Language Day)。バングラデシュが発案し、1999年ユネスコ総会で認定され翌年より世界各国で記念されています。

UNESCO https://unesdoc.unesco.org/ark:/48223/pf0000384469_eng
文化的多様性に関する世界宣言(文部科学省)https://www.mext.go.jp/unesco/009/1386517.htm

ただし、現在主張されている多言語主義には、アフリカの実情を反映していないとの批判もあります。アフリカの言語の数は2,000に上るため、それぞれを尊重するには莫大なコストがかかります。「すべての」言語を尊重することは難しいのです。事実、多くの民族語を公用語にしていうセネガルや南アフリカでも、英語やフランス語が行政に用いられていて、実質的な多言語主義には成功していません。

他方で、その中の特定の言語を公用語にしたり、教育言語にしてしまうと、他の言語との不平等に繋がってしまいます。それゆえ、多言語主義は、実質的・実用的なものになるのが極めて難しい状況です。

その上、グローバル化によって英語の価値が高まっていることも、問題を複雑にしています。英語使用の有無が、社会的、経済的地位に直結するからです。そのため、例えばタンザニアでは、スワヒリ語よりも英語の教育を望む声もあると言います。アフリカ諸言語の権利を尊重することと、人々が求めるものが、乖離する現実もあるというわけです。

最後に

前半、後半の記事を通して、アフリカの言語の「現状」とそれを取り巻く「社会課題」をまとめてきました。アフリカの言語には、民族語・地域共通語・公用語の三つのグループがあり、それぞれが複雑に絡み合って使用されています。それぞれの言語は対等なわけではなく、英語・フランス語などが極めて優位にあります。しかし、「公用語」の優位性が、言語の問題を複雑にしています。

アフリカの「言語」というのは極めて大きな問題です。日本では、多くの人々が日本語で会話できますから、イメージしづらいですが、むしろ日本のケースの方が例外的だと言えます。何しろ、世界には6,000から7,000の言語があるとされています。一つの言語が国内全域で通用するというケースの方が、少数派なのです。

アフリカの言語状況は、この記事では到底まとめられないほど複雑で多様です。さらに興味のある方は、出典から、アフリカの多言語社会を少し覗いてみてください。アフリカを言語から見てみると、アフリカ社会の(もしかすると日本社会の?)見え方が、全く違ったものになるかもしれません。

【出典】

北川香織 2015 「ルワンダにおける教授言語変更後の学校教育―公立学校で働く職員の視点から―」『アフリカ教育研究』5号、150‐164頁

沓掛沙弥香
2018 「タンザニアの教育言語政策:「グローバル化」と多言語主義の狭間で」『スワヒリ・アフリカ研究』29号、101‐120頁
2019 「アフリカにおける多言語主義の行方」『未来共生学』6号、181‐200頁
2021 「マグフリ政権下のタンザニアのスワヒリ語振興政策」『アフリカレポート』59号、133‐146頁

砂野幸稔 2012 「多言語主義再考」砂野幸稔編『多言語主義再考』三元社、11‐48頁

梶茂樹・砂野幸稔編 2009 『アフリカのことばと社会』三元社

 

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